本の紹介
櫻田智也 / 東京創元社
魞沢泉(えりさわせん)という名のとぼけた青年が、鋭い観察眼と推理力で事件の真相に迫る短編集。表題作の『サーチライトと誘蛾灯』が第10回ミステリーズ!新人賞に輝く。
各章のタイトルは
・サーチライトと誘蛾灯
・ホバリング・バタフライ
・ナナフシの夜
・火事と標本
・アドベントの繭
こんな本
- 昆虫好きの変わった青年が事件の真相を見抜くミステリ短編集
あらすじ
”ホームレスを強制退去させた公園の治安を守るため、ボランティアで見回り隊が結成された。ある夜、見回り中の吉森は、公園にいた奇妙な来訪者たちを追いだす。ところが翌朝、そのうちのひとりが死体で発見された! 事件が気になる吉森に、公園で出会った昆虫オタクのとぼけた青年・エリ沢が、真相を解き明かす。観光地化に失敗した高原での密かな計画、〈ナナフシ〉というバーの常連客を襲った悲劇の謎。5つの事件の構図は、エリ沢の名推理で鮮やかに反転する!”
(Amazon販売ページより引用)
各地で昆虫を追い求める不思議な青年、魞沢泉が出会う人々と、その周囲で起こる事件の顛末を描いたミステリ短編集。虫以外に興味がなさそうなぼんやりした魞沢が、鋭い観察眼と冴えわたる推理で事件の真相をあざやかに解き明かす全5編。
各章のあらすじ
・サーチライトと誘蛾灯
ボランティアで公園の見回りをする吉森は、ベンチで逢瀬を重ねる男女や、カブトムシを捕まえに来たという不審な青年、酔って植え込みの下で寝てしまった自称探偵と次々に遭遇する。彼らが公園から退去するのを見届け帰路に就いた吉森は、翌朝探偵の死体が見つかったことを知る。
・ホバリング・バタフライ
奥羽山脈北部の高原を訪れた瀬能は森の中で虫取り網を振り回す青年・魞沢と遭遇する。登山コースを巡回し駐車場に戻ると再び魞沢と鉢合わせ、最終バスを逃した彼を車で送ることになる。車中での会話が進むにつれ、高原の保全NPO職員の言動に疑念を感じた魞沢がある仮説を話し始める。
・ナナフシの夜
倉田が行きつけのバー”ナナフシ”に入ると、カウンターには顔馴染みの保科と、魞沢と名乗る見知らぬ青年が座っていた。魞沢はナナフシの擬態について熱弁した後、酔いつぶれて寝てしまう。しばらくして保科の妻が来店し、夫婦並んで酒を嗜んだ後に一足早く店を後にする。翌朝、二日酔いの状態でテレビを見ていた倉田は、保科が刺殺されたニュースを目にする。
・火事と標本
冬の日、旅館の主人・兼城が近所で起きた火事の様子を見に行くと、宿の客を野次馬の中に見つけた。ロビーに飾る昆虫標本を熱心に鑑賞する変わった客だった。兼城は彼に、宿に戻り熱燗で暖を取ろうと提案する。標本について話すうち、元の持ち主で製作者でもある二ッ森との記憶に兼城は思いを馳せる。三十六年前に出会ったその青年は、昆虫標本を少年時代の兼城に預け、母親と共に自宅の火事で焼死していた。
・アドベントの繭
王野署の刑事・押越は、教会で牧師の死体が見つかった事件を捜査していた。現場には教会の運営に携わる者、集会に参加する者、そして友人の墓参りに来たという青年が居た。関係者への聴取で、牧師の息子は牧師を恨んでおり、昨夜を最後に姿を見せていないことが分かる。かつて牧師の妻を殺害した男が獄中で自死した際、牧師は彼の遺骨を教会で引き取り埋葬していた。
感想
昆虫好きのぼんやりとした30代の青年という珍しいタイプの探偵役だが、意外な行動力と鋭い観察眼をもって事件の真相を解き明かしていくギャップが面白い。
魞沢に昆虫好き以外の特性がほぼなく、第三者目線で物語が進むため、主人公というよりはお助けキャラのような印象。普段の会話も事件の真相を見抜いてからも淡々としているため、犯人を追い詰める緊迫感を求める人には薄味に感じる作品。
謎解き要素に関しては、動かぬ証拠を見つけるというよりは想像に頼る部分が多いため、”絶対ではないが、おそらく正しい仮説” を魞沢が語る、といった印象。読者に対し完全にフェアとは言い難いが、論理の飛躍もないため解決には納得できる。
ちなみに、
”ブラウン神父、亜愛一郎に続く、令和の”とぼけた切れ者”名探偵、登場!”
との煽り文が踊っていたが、両シリーズともに未読でも問題なく、むしろ先入観を持たずに作品を楽しめるので気にせず手に取ってほしい。
また続編となる『蝉かえる』、『六色の蛹』が東京創元社より刊行されている。これらも短編集で、順序は特に関係なく楽しめるのでどれから読み始めても問題ない。
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